無知がハッタリで生きる

ゆとり世代が趣味と公務員の仕事と持病について語るブログです。

潰瘍性大腸炎が発症し、入院するまで

ここでこのブログのメインテーマである、お茶屋の潰瘍性大腸炎発症の経緯をおさらいします。

 

お茶屋が発症したのは24歳の頃。

一般的に20〜24歳の男性がもっとも発症率が高いと言われ、お茶屋も多数派の数字を底上げしていた様です。

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http://www.nanbyou.or.jp/entry/62より引用)

 

また非喫煙者は喫煙者に比べて発症率が高くなると言われており、この点でもニコチンタールの味も知らないお茶屋は知らず知らずのうちにマジョリティに属しました。

 

 

では、発症がどの様なタイミングだったかというと、ちょうど仕事の転勤にぶち当たった時期でした。

 

2月から年度末に向けて仕事は忙しくなり、毎日21〜23時まで残務処理、土日は荷物の整理と引っ越し先探し、4月に入ると見ず知らずの職場、アウェイな人間関係、新しい仕事も訳わからず緊張した赤子状態で毎日遅くまで奮闘し、精神も肉体も頭もフル稼働、ストレスフルの生活でした。

 

記憶レベルで当時の体調等を振り返ると、

2月から時々トイレで赤いものが混じる様になり、

3月10日頃大腸ガンを疑って田舎の総合病院を受診。潰瘍性大腸炎疑いと言われるも、当時は

(潰瘍性…?よく分からないけど、ガンじゃないならいっかー!仕事しよ仕事!)

という甘い認識をし、そのまま処置を受けることなく地方都市に転勤していきました。

 

実を言うと、トイレに赤いものが混じる現象は、20歳頃から毎冬経験していました。

ただ春先になると自然に解消していたので、この時も、

「今年もきたか」「まーたすぐ収まるだろう」くらいにしか思ってしなかったのです。

 

転勤後4月10日頃まで同じ様な体調が続き、20日頃には1日5.6回程度粘血便が出る様になりました。

5月3日、食欲がなくなり体重は半月で4キロ落ち、トイレは1日12回ほど、のんきなお茶屋も危機感を抱き地方都市の総合病院を受診したところ、

潰瘍性大腸炎っぽいけど内視鏡で見ないと分からないなー。ゴールデンウィークは休診だから、連休明けの5月13日に来てねー。症状分からないから薬は出さないよー」との判断。

 

この状態で何の処置もなく10日間耐えるのか、と絶望を感じました。

 

そして楽しいはずの連休を冷や汗ダラダラで耐え忍び、ゼリーしか食べれない状態で、5月13日に内視鏡検査をしたところ、

 

潰瘍性大腸炎の劇症」

のため

「2週間の断食、1ヶ月の入院」

が言い渡され、長く壮絶な入院生活が幕を開けたのでした。。

 

 

今思えば、今思えばですけど、20歳で初めて出血した時にちゃんと検査を受けていれば、

田舎の病院で潰瘍性大腸炎疑いと言われた時にしっかり処置を受けていれば、

粘血便が出た時に無理して休暇を取ってでも検査を受けていれば、

劇症は回避できたはずです。

 

なのに!

それをめんどくさがり、また仕事に遅れを出しちゃいけないという焦りから後に後に回した結果が劇症・絶食・入院というものでした。

発症はやむを得ないものですが、劇症にさせたのは自分の判断が間違っていたためで、

そのために後述する厳しい厳しい入院生活を送る羽目になったのでした。。

 

入院生活についてはまた後日。