無知がハッタリで生きる

ゆとり世代が趣味と公務員の仕事と持病について語るブログです。

29.9.15通院記録

シンポニー初回投与後の経過確認、2回目の投与のために通院。

血液検査の結果

CRP 0.78 mg/dl△
Hb 12.2 g/dl▽
若干基準値を外れるも症状は軽減
肝臓、腎臓ほか問題なし


お茶屋から
・シンポニー投与から3日で熱が引き、5日目に下血の回数が減少。
・食欲が戻り、通常食が食べれるようになった。
・水便が1日に5,6回、軟〜固形便が2日に1回程度に改善。固形便の時には激しく出血する。
・3日目から息苦しく乾いた咳が出るようになる。咳は痰が絡むこともある。

以上を主治医に説明。


主治医からは、
・検査結果からもシンポニーが効いているよう。
・シンポニーの副作用で呼吸器に異常が出ることはほぼない。肺は血液検査の結果も異常なさそう。
・念のため聴診するも異音はない。
・次回診察時も咳は、息苦しさが続くのならレントゲンを撮る。
・咳止めと痰切りを処方する。

とのこと。


2回目のシンポニーを注射。

主治医から、
シンポニー投与は自宅付近のクリニックでも可能。遠方からの通院であるため、大学病院と地元クリニック等で隔月で打つこともできるがどうか、と提案あり。

大学病院に来る際には仕事を休む必要があるため、近場で土日に通えるクリニックが見つかればそのようにしたい、と回答。


通院後も咳や息苦しさが続き、レントゲンを撮ってもらわなかったことを後悔。

【潰瘍性大腸炎】潰瘍性大腸炎と仕事

”仕事”で検索して一番最初に()

大学卒業後、故郷に帰り自治体職員(公務員)として就職したのですが、この仕事に就いて良かったと思うことが一点ありました。



それは、肩叩きに合わないこと。



、、、公務員のイメージにありがちな、能力的が低くても馘首されないとか、業務をサボっててもお咎めなし、という意味ではありません。。


病気療養のためにまとまった休みを取れるという意味です。


本来であればどの職場でも取れて然るべきものと思いますが、そうもいかないのが現状です。。



私が潰瘍性大腸炎を発症した時は入院と自宅療養で、約90日間仕事に穴を開けることとなりました。


90日も休みを取れば、よほど優秀な人材でなければ馘首または自主退職へ誘導されるのが通常だと思います。

が、
自治体に勤務する私は90日の休暇を取得し、体調回復後には職場復帰を果たすことができました。


「病気休暇」について

国家公務員には「病気休暇」と呼ばれる、
負傷や疾病でやむを得ない場合は90日まで取って良い休暇、が法律で認められていて、

地方公務員についても各自治体の条例で、同様の休暇が認められています。
(もちろん取得には医師の診断書が必要です)


ちなみに、国家公務員の病気休暇は90日取得後に21日通常勤務をはさめばリセットされ、再度休暇を取る場合は1日目からカウントされます。
すごい制度だ(O_O;)


民間企業の場合、病気休暇に類するものはそれぞれの就業規則で定めることになっていて、
定めていない企業が多く、定めていても企業側に有利な内容だったりします。

よほど組合の強い、就業規則のしっかりした企業でなければ、使用者の裁量で決まってしまうでしょう。。


「休職」について

これも自治体毎に異なるかも知れませんが、
私の勤務する自治体では90日を越える療養の場合、91日目以降は最大3年間「休職」扱いで、退職が猶予されます。

休職中は給与は出ません。

しかし、職員共済組合から1年半を限度に給与額の2/3の手当てを受け取ることができます。

つまり、1年半は金銭を受領しながら療養することが出来、更に1年半以内に回復すれば再度仕事が得られるのです。


このことに気がついた時、公務員が高待遇と言われる理由を、本当の意味で理解しました。。


金銭面の話

私が入院した時は若者故に十分な貯蓄がなく、
また長年スポーツをやっていた過信から医療保険に入っていなかったため、
収入が途絶えたら入院費用が払えない状況でした。

入院中に給与を得られたことで金銭面の心配がなくなり、療養に専念することができました。


要は割り切れるか

制度上問題ないとは言え、病気休暇中は他の職員のお荷物になることになります。

負担を受ける職員の心象は、決して良いわけがありません(T-T)


入院中、私の仕事をしてくれている同僚に申し訳が立たず、
職場に病状報告の連絡を入れるのが本当に嫌で仕方ありませんでした。
回復後、どんな顔をして職場に行けばいいか分かりませんでした。

ただ、生きて行く上で、家族を養う上で大事なことは、


療養するための時間
医療費や治療中の生活に当てる金銭
回復後に仕事があること


であり、誰になんと思われようとこの3つを確保しなければいけないのです。
他の方に労働負担、金銭負担を強いることになりますが、
負担を再配分することも社会の役割なので、真にやむを得なければ病気休暇は活用するべきです。


(ただ、やっぱり罪悪感があって復帰後の残業はサービスにしようと思い、100時間ちょっと無給で働きました。それでも休暇中にもらった給与の方が多いですが。。)


仕事を選ぶ時点では気にしていませんでしたが、勤務先にこの様な制度が備わっていた私は運が良かったと思っています。


難病患者で就活を控えている方、転職を考えている方には、就業規則を確認することを薦めたいと思います。


ちなみに

私が病気休暇を取った職場は、比較的業務に余裕があり(定時は無理ですが、皆20時には退庁できる環境です)、

また、私が最若手で労働力としての価値が低かったから、まだ受け入れてもらえたのだと思います。

もし職場エース級の40代や管理職であれば、休暇はより取りづらいでしょう。。

29.8.31通院記録

粘血便が1週間続き、トイレは1日8〜12回。
強い頭痛と微熱(最大で37.5℃)、吐き気に苦しむ。便秘気味だが体重は1週間で2キロ減。
2日前に病院にTelすると予約は取れないが、そのまま来てよいとのこと。仕事休暇中の父に同伴してもらい、飛び込み外来。


CRP 6.62 mg/dl△
Hb 13.8 g/dl
肝臓、腎臓問題なし
急遽内視鏡検査を行う。S状結腸までで潰瘍を確認(痛みと洗浄不十分が原因で、S状より先は進めず)。


主治医から、ヒュミラの効果が落ちている様で、シンポニーへの切り替えを勧められる。
ヒュミラは1年で2割程度効果が落ちるとのこと(この時点では使用開始から半年)

シンポニーは初回に4本、2週間後に2本、その後は4週間ごとに1本の皮下注射。
承認から日が浅く、自己注射が認められていないので、病院で打つことになるとのこと。

シンポニーへの切り替えに同意して、4本まとめて打ってもらう。
シンポニーは、最近のヒュミラより少し痛いが当初のヒュミラよりは痛くない(?)
注射部位は左右の二の腕と臍の横で計4カ所。


看護師と雑談。これまでヒュミラ注射時に処方されているはずのアルコール脱脂綿が処方されていなかったことが判明。私驚愕。市販のマキロンで消毒していると言ったら看護師も驚愕。


病院に着いてから精神的な余裕が生まれたのか、腹痛と下痢の回数が減少。朝から何も食べでいなかったため、食堂で親子丼を半分食べ、実家に帰宅。

シンポニーの効果はすぐに現れず、3日腹痛や食欲不振が続く。4日目に少し効果が現れ、腹痛が収まり食欲が出る。

シンポニーの今後に期待(´ー`)

【潰瘍性大腸炎】プログラフのこと

免疫抑制剤のプログラフ(タクロリムス)についてです。


プログラフは入院1週間後から長期間使用していましたが、最終的に副作用(強い貧血)が出てしまい中止しました。


結果的に今は服用してませんが、私を寛解に導き退院させてくれた、いわば恩人でもあります(´ω`)

プログラフ1mg


薬価 750.30円/錠
0.5〜3錠/日
使用期間 H27.5-H28.3


イムラン同様、高ぶった免疫を制御することで炎症を抑えようというものです。

イムランの記事はこちら
【潰瘍性大腸炎】イムランの話 - 無知がハッタリで生きる


始める時、あまり長期化すると副作用が出やすくなるので”長くても3ヶ月まで”とおじいちゃん先生に言われました。


用量に微調整が必要なので、0.5mg〜1.5mgをさまよいながら朝晩1,2回服用しました。
入院中は毎朝6時に採血して血中のタクロリムス濃度を測定し、9時にその日の用量が告げられます。


開始から10日ほどかけて、絶妙な血中濃度を作ったにもかかわらず、炎症が治る気配はありません。

(この薬もダメか)、、と打ちのめされかけ、

レミケードを開始出来るまでのつなぎで、いわば惰性で飲んでいたら、開始から25日ほどで突然効果が現れました。


1日15回ほどの粘血便が7,8回まで減少し、最終的に出血はゼロに。

地方病院から都内の大学病院に転院した後も、若先生の元でプログラフを軸に治療を進め、再燃することはありませんでした。

血中濃度の管理が難しく、こまめに濃度の測定をする必要がある、とのことでしたが、
濃度の測定は6週間に1回ほど。。

気づかぬうちに濃度が上昇して副作用が出るのではないかと、内心ドキドキしていましたが、
採血だけに遠方から来させるのも、という病院の配慮だったようです。


使用から8ヶ月が経つ頃、軽い貧血を感じたタイミングでちょうど定期受診。

ヘモグロビンが11g/dlまで低下していました。

成人の基準値は12〜18g/dlなので、やや基準値割り、というところでしょうか。

副作用が疑われましたが、ちゃんと寛解が保てていたので、
また貧血も処置が必要なレベルではないので、プログラフは継続することに。
食事で鉄分を補うように、とのことでした。


そして貧血はジリジリ進行し、体はだるく、目眩が続き、しゃがんだら壁なしでは立ち上がれないレベル。

毎日がツライ(o_o)

2ヶ月後の定期受診時にはヘモグロビンは7g/dlまで低下していました。

流石に日常生活に支障をきたす、ということで、ここで服用中止。

このあとプログラフは服用してません。



プログラフを止めてからは、併用していたイムランだけでしばらく様子を見ていましたが、案の定再燃を果たし、また別の治療を探すことになります。


3ヶ月が目安と言われた中、10ヶ月使用を続け、
服用中は寛解を維持することができましたが、
最終的には強い貧血が出てしまい、中断という結末。


プログラフは最初に説明された時に、臓器移植に使う非常に強力な薬だと聞いており、内心
やだな
と思っていたけど、
貧血以外に重い副作用は出ず、結果的には良い効果を得られたと思います。

再燃期に入りました

一週ほど前から再燃の予兆があり、一昨日、3ヶ月ぶり3度目の再燃期に入りました。


8月入ったくらいから生活習慣が少し変わり、


3泊4日で行ったタイで未知の食材を食べ、

実家に帰って暴飲暴食し、

寒い中海に入り、

夏風邪を引き、

ミネラル系のサプリメントを飲み始め、

甘酒を飲み始め、

対照実験としてヤクルト400をやめ、

昼の弁当を量多くして、

風呂上がりにはスーパードライを、、、



心当たりが多すぎる。。


過去の燃焼時には腹痛と下血、食欲不振に貧血が主症状だったのですが、

今回は発熱と頭痛を伴う再燃。
初の症状でハラハラします。

現在、1日12回程度の下痢下血、粘血便で
体重は4日で1キロ減。

次の診察は10月の予定だったけど、色々懲りたので今週金曜日に受診して来ます。


それまで保って、私の身体!!

【生活保護】病院嫌い


私が生活保護の業務に関わって最初の年

無気力、を絵に描いたような被保護者がいました。

無気力を検索して最初に出た画像

自宅の電気消した部屋でぼーっとしていて
眠そうにしていて

普段は何をしているんですか?と聞くと
「何も」と答える、50代男性のBケース


小太り、坊主頭でメガネをした、のんびりしたおじさんです。ただし気力がありません。

もともとホテルの板前をしていたのですが、ホテルが倒産した時に収入が途絶え、

過疎地ゆえになかなか仕事が見つからず生活保護を申請。


最初は保護を脱却しようと就活に励んでいたようですが、3年もたつと意欲が薄れ、現在はほぼ活動していない、とのことでした。


生活保護受給中、稼働年齢層(18〜60歳)の健康な人は就労または就活をしなければなりません。

これを怠ると稼働能力非活用とみなし、生活保護を廃止するのが一般的です。


ただ私の働いていた事務所は結構な過疎地で、求人が少ない地域だったこともあり、稼働していないケースにも比較的寛容でした。


社会人になりたての私は、

健康な人がただただ怠けて税金で暮らしている状況を看過することができず、

何としてもこの人を働かせようと考えました。


そしてこの年の6月、この方に2度目の接触する際、
事務所で提携している就労支援業の方と一緒に支援を計画しました。


しかし、健康体かと思いきや
面談を行った時、ケースの体調が悪そうだったのです。

胃のあたり?が妙に膨れていて、本人は「体力が落ちている」「時々目眩と吐き気がある」と話していたので、

支援を開始する前に一度病院で検査を受けるように、と指導しました。

(医療費、検査費は生活保護の医療扶助で支払われます。交通費を含め、本人の持ち出しはありません。今の私には羨ましい制度。。)



そして本人、病院と調整の上検査の予定を組みました。

そして検査翌日、本人に電話をかけると衝撃的なことを話しました。


「昨日は暑かったから病院に行かなかった」


新米ケースワーカーで、ケースに裏切られることに慣れていなかった私は、

「暑いから行かなかった」とは何事か、と内心憤りました。

本人の希望で、最寄りの病院でなく隣の市の総合病院にアポを取ったのに。。


本人に対し、健康であれば働かなければならないこと、健康でないのなら検査結果でそれを証明しなければならないことを強く伝えました。



それから1週間後、、

再度その方の家を訪れると、やはり電気の消えた部屋でただずんでいました。

面談を申し入れると素直に応じ、部屋で話をすることに。

お腹は相変わらず膨れています。

検査予定日はさほど暑い日でもなく、本当はなぜ病院に行かなかったのかと尋ねました。


答えは、
病院が苦手
とのこと。


ああ。

まあ。

確かに分かります。

病院は大概アウェーな空気がでているし、
検査もよく分からないまま進むことが多いし、
生活保護の無料診療と知るや、態度を変える医療関係者もいます。
私も病院は苦手です。


でもね、
その膨れたお腹は何か良くない病気かも知れないから一度見てもらった方が良いよ
間に合わなくなっても知らないよ
これから夏が近づくと外出がますます億劫になるよ

と宥めすかし、再度期限を設けて検査を促しました。


さらに2週間後、

その方のお宅を訪問すると、少し様子が違いました。

お宅にあげてもらい対面すると、お腹の膨れが前よりも大きくなっており、
額に汗を滲ませているのです。

最近息切れをすることが多い、とも話します。

様子がおかしい、と思い、救急車を呼ぼうか、と申し出ると、

大丈夫です。でも、明日病院に行くことにします。とのこと

私はその場で病院へのアポイントを取り、

バスの時間や乗り継ぎを調べ、ケースに伝えました。

この後少しの世間話をして、生い立ちや働いていた頃の苦労話を聞き、
腰は重いけど根は良いおじさんだなぁ、と親しみを感じました。


そして翌日の夕方、彼から低いトーンの電話が入りました。


「最悪の結果だった。肝硬変の病名がついた」


医療の知識に乏しかった私は、肝機能の低下と捉え、これから通院してしっかり治しましょうね。
と、励ましました。

これを機に本人が危機感を持って、ちゃんと通院してくれればいいな、と前向きに考えていましたが、
彼の声は暗いままでした。


そして翌朝、

事務所にいた私に一本の電話が入りました。

電話は最寄りの警察署からで、


彼が自宅で変死体で見つかった

生活保護受給中の状況について情報提供願いたい
との連絡でした。


朝、様子を見に来た母親が、彼が倒れているのを発見し、その時には手遅れだった様です。

後で知ったのですが、診察した時には肝硬変の末期症状で、病院はお手上げで何の処置もしなかったそうです。


人の死にほぼ触れたことのなかった私には、(ケースワーカーの仕事を通して、この後沢山触れることになるのですが、、)
前日に会話した相手が亡くなる、という経験は大きな衝撃で、何日か食事が取れなくなりました。


訪問した時に私が無理矢理救急車を呼べばよかったのか、とか
もっと積極的に通院を勧めればよかったか、とか
色々思い悩みました。


家財処分のために後日自宅を訪問すると、彼が倒れていたという場所に染みを見つけ、吐きそうになりました。
彼の高齢の母親からは度々電話が入り、延々と泣きつかれました。


体調管理は自己責任だと言い聞かせ、2、3週間かけて私は立ち直ったのですが、

この出来事で、

体調不良の時は病院には早めにかかること

人は大丈夫じゃない状況でも大丈夫と言っちゃうこと

を教訓として得ました。


生活保護の現場でこのようなことが時々あり、

周りの人が本当にツラそうにしていたら、救急車を手配する勇気も必要だと感じました。

【潰瘍性大腸炎】イムランの話


今回はあくまでちゃんと、治療薬の話です(´∀`)



潰瘍性大腸炎は治療法が複数ある病気です。
私も薬の効果が落ちて寛解が保てなくなると別の薬へ、「はしご」して来ました。


ただ、主治医から新しい薬を紹介される度に


この薬で症状は良くなるのか、とか

どんな副作用があるのか、とか

「重篤な副作用」は、どのくらいの割合で起こるのか


色々と気になることがあり、
使用している人のナマの声を聞きたくなるのですが、

(同じ薬を使用している人を見つけると安心するんですよね。
その人が副作用なく服薬していると、安心感が増します)


薬を検索すると製薬会社のサイトばかり表示され、

実際に使用している人の情報はあまり多くありませんでした。


なのでブログの中で、自分が実際に使った薬の効能や感じたこと記録にしたいと思っていました。


今回は私が使っている薬で、主治医に勧められたときに
やだな
と思った、イムランのことを書きたいと思います。

イムラン50mg


薬価 139.9円/錠
0.5〜2錠/日
使用期間 H27.8〜現在まで



入院生活
【潰瘍性大腸炎】入院生活の話① - 無知がハッタリで生きる
【潰瘍性大腸炎】入院生活の話② - 無知がハッタリで生きる
から脱却して2週間後の通院時、血液検査をしたところ白血球数が増加しており

それまでのプログラフ&ペンタサでは再び再燃するだろう、とのことで

プログラフ同様、白血球を減らして免疫を落とす目的で処方された薬です。


紹介されたとき、直感で、これはあかんやつ、と思いました。。

イムランで起こりうる主な副作用が、以下の様なものだからです。

重篤なもの

その他のもの


間質性肺炎は、「肺炎」とは全く別物で、大変な猛威を振るう疾患です。
一説には10年生存率10%と聞きます。。
(イムランの副作用で起こるのは、かなりのレアケースだそうですが)


脱毛は命をとられるわけではありませんが、精神的なダメージは大きそうです。。

医師からは、髪の量は、3ヶ月で半分くらいになると思う、と言われました。

髪型に強いこだわりはありませんが、一応20代。
まだ薄毛にはなりたくありません。


また、イムランの服用は胎児にリンパ球の催奇性をもつ、との報告もあり、
当時同い年の恋人がいて、将来的に子どもが欲しいと思っていたため、服薬が枷になることは間違いありませんでした。


そのような理由からイムランは全力で回避したかったのですが、
体調には変えられない、
絶対に使用した方が良い、
と宥められ泣く泣く服用開始。


50mg錠を半分に割ったものを1日1回から服用開始しました。


服用3日目から吐き気が始まり、朝から晩までグロッキー状態が続きます。
実際に嘔吐することはありませんでしたが、
仕事に復帰していた頃だったので毎日出勤するのがつらく、体重もゾリゾリ削がれていきました。


毎日吐き気が続くというのは大きな絶望をもたらします。。


また指先の皮膚が弱くなったのか、手指の第一関節が痛痒くなり、
レンジにかけたコップなど、熱いものが持てなくなりました。


服薬から3週間後に再度通院するも、白血球の数は微減〜ほぼ変わりなし。

翌日から50mg錠を半分に割ったものを1日2錠服用することになりました。

毎日が吐き気との闘いです。。

そしていつ禿げ上がるのか気が気ではありません。。



しかしそこから2週間後の診察でイムランの量が更に倍になっても、
もともと毛量の多いお茶屋の髪はフサフサで減る気配はなく、

さらに1ヶ月経つ頃には吐き気も段々と収まり、

一番最後まで残った「熱いものが持てない」副作用も3ヶ月経つ頃には忘れていました。


免疫の低下で感染症にかかりやすくなる、と聞いていましたが、風邪やインフルエンザにかかることも無く、
満員電車でマスクをするだけで、それほど不自由なく過ごせました。


服用開始から2月経つ頃には、白血球数も3000/μL(成人の正常値のほぼ下限)まで下がりました。


お茶屋はこれまでの治療で、出ると言われている副作用に色々当たり、

イムランでも当たりを引くのではとびくびくしていましたが、


今までのところ、
大きな副作用は現れないまま
狙った効果(白血球の減少)を得ることが出来、ほっとしています。


ただ、
イムランを開始したのは寛解を迎えていた時で、
イムラン開始後も寛解であることに変わりはなく、
つらい思いをした割に(タイミング的に)効果をあまり実感出来ず、本当に服薬の必要があったのかよく分かりません。。


治療薬の副作用の説明は、万が一副作用が出た時にすぐ気付けるようにかなりオーバーに書いてありますが、

そこまで心配しなくて良いのではないかと感じています。


今後子どもを望む時にはイムランの服用をやめ、別の治療を探すことになりますが、

それまではイムランを継続することになるのでしょう。。